猫とワタシ

つれづれ日記

夫と二人暮らしの主婦。日々気になることを綴ります。

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プライベート

母の日~

ヒデの母も
私の母も
すでに旅だったし

私は母ではないし

我が家には、無縁の日だ

だが、来月は、父の日がある。
じいさんたち(特にひで爺)は、ひそかに期待しているもよう。
でも、昨年ひで爺に贈った「フリーズドライ」のセット
先日、仏間の掃除をしてたら、仏壇の供物の中に

ホコリまみれて放置されていた( `ー´)ノ

自分の好きなフレーバーのみそ汁だけとって
雑炊とかにゅう麵とか、残っていた
おそらく、「なじみのないものには手を付けないでおこう」
という高齢者の心理が働いたのであろう( *´艸`)
気持ちはわかる
わかるが・・

せめて嫁の目につかないところに放置してくれ!
ヽ(`Д´)ノプンプン

やっぱりあの世代は、物より金を好むのだなと実感
図書カードのほうが喜ぶじいさん。
本屋で「演歌の本」でも買いなはれ!
本当は、もうやりたくないんだけど・・・
CIMG0553.jpg
↑カーネーションじゃないけど
苗から私が育てた花(ナデシコの仲間らしい)

ヒョロヒョロしてて、ニョロニョロみたいだが( *´艸`)
柳みたいに風に強い。
倒れそうで、倒れない、柔軟性を持っている。

そんな野草のように私も生きたい。

この記事のみを表示するあめ

プライベート

父が通院する病院の受付には

キャンディ(高齢者は飴と言う)
がおいてある( *´艸`)

診察待ちのじいちゃん、ばあちゃん
支払い待ちのじいちゃん、ばあちゃん
みんなこぞって取りに行く(*´▽`*)
常連さんになると、飴がなくなってると

「アメ、入っとらんばい!もうなかと?」
と催促する(^▽^;)

またある人は
「ど~れ、ひとつ、ごっつぉう(ごちそう)もらってくかね」
などと可愛いことを言う

父もすかさず、取りに行く(笑)
でも、ないときは、私の手前か、さすがに催促はしない
そんなときは、私が持参のアメをやる。
私のバッグには、いつもアメが入ってる。
イライラしてるとき
落ち込んでるとき
父の気持ちをあげるには、手っ取り早いアイテムなのだ。
そういえば・・・
母がお世話になっていたグループホームのケアマネさんが言っていた

「私たちは、利用者様の通院に付き添うとき
いつもアメを持っていくんですよ。
待ち時間が長いときは、飴をあげると落ち着くんですよ」
と言っていた。

アメ・・・

amazing!(*´▽`*)

この記事のみを表示する自然

プライベート

思い出したくないけど
忘れてはいけないことがある。
2年前の今日~午後9時30分前~
私はお風呂から上がってストレッチをしていた
ヒデはテレビを見ていた

突然、家が揺れた。
うちは耐震設計なのに、それでもグラグラ揺れた。
ほんの数秒だったと思うが、長時間のように感じた。
その後も余震は続く・・
まさか、また大きな揺れが来るとは皆、想像もしなかった。

頼みのヒデは、精神的に弱ってしまい
一時は心配するくらいパニックになっていた。
それでも少しずつ元気を取り戻して。
でも、いまだに地震のことを話すと不安そうな顔をする。
また揺れがきたら、きっと間違いなくパニックに陥ると思う。
仕方ないから私が強くなった(^▽^;)

今日の熊日新聞の特集版

その中のメッセージで一番心に響いたのが

高良健吾くん(*^-^*)のことば~

相手(地震)が地球だからこそ
不自然ではなく自然な生き方を。
今この瞬間にまで繋がってくれている命を
責めずに大切にしてください~

わかる人にはわかる、とても深い意味を持つことば。
震災当初から被災地に入り、トイレの水を運んだりして
リアルな現場を見てきた人だからこそ
言える言葉だと思った。

この記事のみを表示する今更ながら

プライベート

明日は3月30日~
なぜか子供のころから、この日になると
思い出される曲がある。

フランシーヌの場合 新谷のり子

フランス人女性、フランシーヌさんの政治的抗議のための焼身自殺を題材に作られた・・・

(@ ̄□ ̄@;)!!

知らんかった・・・
そげな政治的な深い意味があるとは・・
この歳になるまで・・

けど当時の子供は、普通に口ずさんでいたよ。

♪フランシーヌの場合は~あまりにもおばかさん
三月三十日の、日曜日~
パリの朝に燃えた命ひとつ~

え?
燃えたって・・・
そういう意味だったのか?
今更ながら、知らないって怖いと思う

フランシーヌさん、どうか成仏してください(-人ー)

※今週は、ご近所のご不幸があり、お手伝いに行っていたので
多忙でございました。
じいさんたちは、元気ですばい( *´艸`)

この記事のみを表示する一日一歩

プライベート

父が通うデイサービスで
今年の書初めに父本人が不自由な手で書いた
決意

一日一歩

先のことは考えてもはじまらん。
とりあえず、今日という日を精一杯生きよう!
という意味らしい。

そういいながら・・

「あ~この先
ワシが施設に入ったら
この家はどうなるとかね~」とつぶやく

どうにもならんやろう。
弟は帰ってこんし
私はマイホームもあるし、ひで爺の家もある
言ってもしょうがないとわかっていながら
ついついつぶやいてしまう。
気持ちはわかるけど・・

最終的には、売るしかなさそう。
でも、それ言ったら、父はとても悲しそうな顔をする。

ケセラセラ~♬なるようになる~♬
といつも楽観的だった母もいってしまった
おかあさん、あなたの性格がうらやましいよ。